東京都出身の井出口さんに初めての滋賀の印象や醸造家のお仕事の中身や魅力、ビールづくりで工夫している点やこだわりについてお話を聞きました。
(しが農業女子)
今日はよろしくお願いします。
井手口さんは東京のご出身で就職を機に滋賀に来られたということですが、滋賀県の印象、来る前と来てからの印象の違いなど率直なところを教えてください。
(井手口)
テレビで見たり、そういうレベルだったんですけど、まず思い浮かぶのがやはり琵琶湖でした。1年半前に来てみて滋賀をドライブしてみると、琵琶湖だけじゃなくてその周りにいろんな環境があり、お野菜なんかも道の駅やいろんなお店にご当地のものが置いてありました。琵琶湖を挟んで西と東で表情に違いがあって面白いな、と思いました。
実際に1年半こちらに住んでみると、今住んでいるところは彦根市の駅近で想像していたよりアクセスも良くて便利です。そして、彦根城がある観光地なので、実際観光客の方もたくさんいますし、そういう表情もあるのだな、と思いました。
(しが農業女子)
滋賀県の足りない部分、弱い部分っていうのは?
(井手口)
いいづらい…(笑)。滋賀を全然知らないものが申し上げにくいんですけど、近くに京都があったり、名古屋があったりということで、大都会に引っ張られてしまうというか、人が出て行ってしまうという話も周りの方からよく聞きます。私自身キャンプとかドライヴ好きで、いい観光地だし住んでもいいところだし、せっかくいいところあるし、もったいないな。少しさびしいなって思いました。
(しが農業女子)
とてもわかります。
私自身も生まれも育ちも滋賀県でなかなか地域の良さってなかなか若いと気づきにくかったりとか、どうしても若いと外への憧れがどうしても強くって。私も長らく滋賀県を離れていたんですけど、よそから見るからわかる良さ、みたいなものはわかります。水があって山があって、土地が肥えてておいしい野菜ができる。みんな豊かに暮らしているから人も穏やかでのん気。だからこれまでは、外に一生懸命に売り込みに行かなくても、たぶん大丈夫だったんだろうな、と。文化レベルを下げずに暮らしていけるし、お店もたくさんあるけど駐車場めっちゃ広い、っていうこのゆとり(笑)京都も大阪も名古屋も結構いけるし。
滋賀のことをいいところって井手口さんに言ってもらえてうれしいです。
ところで井手口さんが醸造家さんになろうと思ったきっかけは何だったのですか?
(井手口)
興味を持ちはじめたのは、お酒が飲めるようになってからです!(笑)
大学時代に生物系の学科で、微生物を使って水をきれいにするという排水処理について学んでいましたが、微生物の研究をしてたということもあり、発酵食品に興味があったんです。なぜこんなにおいしいものが作れるんだろうなっていう未知なことへの興味からはじまり、私もやはりお酒が好きですし、自分の作ったお酒で周りの方が楽しんでいただけたらな、っていう思いがありました。やはり発酵の中身づくりについてもっと知りたいなという思いが強くなっていきました。
(しが農業女子)
東京という大都会のまん真ん中で、微生物に興味が湧いたんですか?
(井手口)
そうですね。生き物、特に小さい菌とか微生物が高校生の時からちょっと気になっていました。あんなにちっちゃいのに、人と共存して生きている!どういう生き方しているんだろうな?っていうのが気になった、っていうのが本当の最初ですね。生き物とともに生きる、ということ関しては農家さんの野菜づくりと似ているかな、と思います。
(しが農業女子)
そう。農家も一緒なんです。土作りには微生物が大切。今度語り明かさないと(笑)。
お酒もいろいろある中でビールに一番興味があったのですか?
(井手口)
日本酒が一番好きだったんですけど、やはりビールが一番みなさんに身近かな存在かな、と思いました。飲みやすくて乾杯にも使われるし。自分が関わったものがいろんな人に触れてもらう機会も多くなります。もちろん日本酒も今でも大好きです!(笑)
(しが農業女子)
醸造家とはどんなお仕事なのですか?
(井手口)
キリンビールの採用試験を受けた時に「何がしたいですか?」って聞かれるので「ビールの中身づくりに関われたら本望です」と希望を言いました。今の所属は「醸造エネルギー課」という部門でそこは50名くらいの人たちが働いています。私の仕事は、生産工程の改善、新しいビールの種類が製造される際にどうやって作るかを考える、という仕事のほか、幅広い業務があります。
(しが農業女子)
キリンさんを選ばれた理由は?すごい採用面接みたいになっちゃった、ははは(笑)。
差し支えない範囲で教えてください。
(井手口)
就活生の立場に戻ってちょっと思い出してみると、今思うキリンとその時思っていたキリンはちょっと違うと思うんですけど、自分の就職活動の当時3年くらい前はキリンビールって特にクラフトビールをどんどん出してこう、って力を入れていました。「タップ・マルシェ(飲食店向けのクラフトビール専用のサーバー)」や「スプリングバレーブルワリー(醸造所を備えたクラフトビールを楽しめるキリンビールの店舗)」で、クラフトに力を入れていました。その頃、若者のビール離れと言われてたのがすごい悲しくて、クラフトビールやビールの多様性でまた楽しんでもらいたい、という点にすごい共感しました。自分がせっかくビールを作るのだったらキリンビールかなと思いました。
(しが農業女子)
醸造家の日々の仕事の内容があんまりイメージできないのですが、樽の中から何かをすくっているのかな、とか…。
(井手口)
醸造エネルギー課でどうやってビール造りをしているかというと、今はタンクが大きかったり自動化が進んでいて実際に樽から汲んだりっていう作業は全然ありません。タンクに自動で液が通って行って、ビールが作られることが多いんですけど、やはりビールも酵母も生き物ですし、トラブルも起こります。そんな時に、ビールをおいしくお客様に届けるためにどういう対応をしたら本質的に大丈夫なのか、みたいなところを考えるのが日々の業務です。
また、いかに品質を維持しながら効率的にビールが作られるか?と工程を見ながら「こういうこともできるんじゃないですか、実際に試験してみましょう」と施策を立てます。こういった業務が日々の仕事の大きな割合を占めると思います。
(しが農業女子)
品質を一定に保つための許容範囲を超えないためのいろいろな施策を立てられているってことですか?それは実験室でやったりするものなのですか?
(井手口)
タンクの中からサンプル用のビールを採取して、それを科学分析して、成分でいろんな指標を分析してみるんです。そして、それが味の代表的なパーツを見ながら、例えばこの成分見たら標準範囲に照らしてみて、例えば「酵母が元気なさそうだね」というのがわかったら空気を引き込んでみるとか、温度を調節してみるとか、っていったところで味のパーツとなる指標を見ながら、適宜調整していって、最終的にはうまく仕上げる、みたいなところです。
同じ味に仕上げるには微生物のはたらきを一定にしなければならなくて、成分以外の他の菌が混じってもダメです。乳酸菌が入るとビールが酸っぱくなっちゃうし、見た目も濁っちゃうんです。そんな時には設備を入念に微生物検査して、怪しいところはきれいにします。梅雨が来て夏が来て温度が高くなって、今くらいから忙しくなってくる感じです。温度が上がってくるので、夏から秋にかけて菌が住みやすくなるんです。
(しが農業女子)
農業と一緒だ!
醸造家って女性は少ないのですか?
(井手口)
いま私の部署には女性が数人います。自分と同じ立場だと女性は一人なんですけど、他工場に行くとそれぞれの部署に一人二人はいるので、そんなに少ないというイメージはありません。入社前の工場のイメージって男の人ばかりのイメージだったので、それに比べたら少ないイメージはありません。
やはり昔は10何年前とかは工場で転勤も多いし、時間拘束も長くなったり不規則な生活になりやすいので女性が少なかったみたいなんですけど、最近は働き方改革とか転勤についても会社が配置を考えてくれる、そういう措置があるので女性は増えてきたかな、というイメージです。実は覚悟しながら入ったところもあるんですけど(笑)。
(しが農業女子)
滋賀、女性、ものづくりと順番にお聴きしてきましたが、井手口さんの仕事に対してのこだわりはどんなところですか?
(井手口)
工場にいるとなかなかお客様の顔が見えないことがあります。でも何か判断に迷った時に、お客さんの顔を頭に思い浮かべるようなことをします。私の作ったビールを飲んでいただける人がいるんだってことを考えると、自分の行く道がわかりやすいかな、みたいなところは意識しています。いかにおいしいビールを届けるか、しんどいことがあっても、うまいビールを作るんだ!って考えれば頑張れる…それが励みになりますね。
(しが農業女子)
私たちもお米や野菜、果物を最後に届けるって言うところで、確かにそれが活力になっています。私たちはちっさな農業をやっていますが、こんなに大きな工場の人も同じ考えていたなんて、何だかものづくりの情熱みたいなのが、共感できてとても嬉しいです。
キリンビールさんのビール作りの特徴やここは工夫している、というところを教えてください。
(井手口)
ビールもいろんな種類があり、ビールごとにこだわりがあり、難しい質問だな、と思ったんですけど、自分がキリンのビール全体に言えることは、酸味・香り・甘味といった味覚のバランスを総合的に考えて設計されているな、っていうところです。例えば代表的なビールの「キリン一番搾り」は、ビールの中のバランスと個性を出すために、コクの部分を一番搾り製法で旨みを引き出す工夫がされていると思います。
(しが農業女子)
味っていうのを決める人は別にいる?醸造家さんが決めるのですか?
(井手口)
別の担当になります。横浜の方に商品開発する研究所があり、そこで大枠の新商品の骨格の設計をします。そして、研究所でレシピが作られます。でも、開発研究所で作っているビールって小さい釜で作っているので、工場レベルに落とし込むと全然工程がちがうんです。ですから、その作り方をこちらの工場で解釈して、狙った味通りに作れるかっていうのを私たちが担当する、というプロセスになります。
(しが農業女子)
井手口さんは、どんなビールが好きですか?
(井手口)
個人的になってしまうんですが「キリン一番搾り」は入ってからずっと好きだったんですけど、入社してから「スプリングバレーブルーワリー」というブランドの「496」っていう、フラッグシップのビール、そのおいしさに改めて気づきました。
(しが農業女子)
飲んだことない!
(井手口)
スーパーはあまり売っていないですね。スプリングブルーワリーってキリンから出発したクラフトビールを出しているお店があるんですけど、買うのはオンラインショップになります。ホップの香りを前面に押し出しながら旨みをぎゅっと詰めこむ、といったバランスにこだわったビールです。
(しが農業女子)
やはりその製法を知ってるからこそ、おいしく感じられるんですね。
工場ごとに作るビールの味の特徴というのはあるものなんですか?
(井手口)
はい、滋賀工場の特徴は、クラフトビールを作っていること、そして少量多品種生産という点です。代表的なビールの「キリン一番搾り」ももちろん作ってるんですけど、その他の「スプリングバレーブルーワリー」というクラフトビールや「グランドキリンシリーズ」という個性的なこだわりあるビールも作り分けて、きちっとお客様にお届けしているのが特徴かなと思います。
(しが農業女子)
いろんな種類があってそれぞれターゲットがあるんですね。
この人のためにこういう味にしよう、って考えて作られる。
(井手口)
そうですね。商品開発研究所とちゃんとコラボレーションして「キリン一番搾り」だったらいろんな人に手に取ってもらえるように旨みを感じていただけるようなっているビールだと思うんですけど、白い水色の缶のグランドキリンシリーズの「ホワイトエール」は、若い女性でも飲みやすいように、白ワインっぽい香りのする種類のホップをふんだんに入れていますし、アルコール度もそんなに高くなくありません。そういった飲み方も考えられたビールです。他にも、グランドキリンの「IPA」ですね。緑色の缶の製品なんですけど、キリン一番搾りよりももっと麦の旨みやホップの香りもトロピカルだったり。フルーティな感じを出して、飽きられないようにたくさんの味を楽しんでいただけるように、というビールになっていて、実はいろいろ作り分けているんです、ってところが滋賀工場の特徴かなと思います。
(しが農業女子)
ビールが苦手って女性も多いです。苦いところとか。
(井手口)
私の友人にも「苦いから無理」とか「疲れちゃうから」と言われることがあります。グランドキリンとかスプリングバレーブルワリーシリーズの中には、アルコールはそんなに高くなくて、苦味も前面に押し出さないで、女の人がワイングラスで乾杯して楽しめるみたいなものもあります。
(しが農業女子)
いろんな味を楽しんでみたいな、という気持ちになります。
例えば、滋賀に合うビールだとどんなものがありますか?
(井手口)
通常のビールでは、麦芽は気候に左右されないうように産地を一箇所だけにせず、広く海外から取り寄せたものを使っています。しかし、以前作っていた一番搾りの「滋賀づくり」は、滋賀県の大麦を使ってビール作っていますし、滋賀の食材に合うように味を設計しています。例えば鮒寿司や近江牛といった滋賀の食材のイメージをもとに、キリン一番搾りの「滋賀づくり」だけは商品開発研究所ではなく、滋賀に一任され滋賀の農家さんらの滋賀のイメージをお聞きしながら、滋賀の醸造エネルギー長が滋賀の食材にあった配合にしました。滋賀を知っている人が作ったビールです。そういった点では、滋賀ならではのビールなのかな、と思います。
こういうレシピにしようみたいなビールの設計は商品開発研究所が担当なので、滋賀工場ではまだ携われないんですが、ゆくゆくは自分がここで得た知見を生かしてお客さんの声や周りの意見を聞きながら商品開発に携わっていきたいな、というのはちょっとありますね(笑)。
「滋賀醸造のビールと食とのマッチングの可能性を探る」
井手口さんの一番好きなビールや、ビールに合う食材の選び方についてお話を聞きました。
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