農が人を変え、社会を変え、自然環境も守る。シングルマザーが目指す社会起業とは

日本農武士 三田村美恵さん

大津市

日本農武士

三田村 美恵さん

福井県出身。実家の米農家を継ぎ「美の里ファーム」を設立、農薬化学肥料不使用のこだわりの米をオンライン販売する。2016年結婚を機に滋賀へ移住、2019年アグリイノベーション大学校 関西校・総合コースを卒業。現在は農業分野の人づくりに力を入れる。

[農地面積]4a(滋賀県)5ha(福井県)

[栽培品目]米

[営農開始]2007年

[主な販路]契約栽培・個人

ケガ、中退…二度の挫折を経てたどり着いた農業の道

「夢は、農でヒトづくり・コトづくり・モノづくりをする社会起業家」そう語るのは、株式会社マイファームの体験農園で自産自消アドバイザーを務める三田村美恵さん。
「若い頃はグランドホッケーの選手を目指して、スポーツ推薦で入学した高校で練習に明け暮れていました。しかし、ケガで断念せざるを得なくなり、次に目指したのは看護師でした。奨学金で看護学校に進み、子ども好きだった私は産科か小児科の看護師になりたいと考えていましたが、兼業農家だった父が心筋梗塞で倒れてしまって、長女の意地もあり田んぼを継ぎました」。
 しかし、父のしてきた米づくりは、農薬除草剤を使うのが当たり前の米づくり。せっかくの売上も資材費に消えていく、そんな状況にもどかしさを感じていた時、美恵さんは看護学校時代に出会った一人の子どもを思い出した。
「その子はひどいアレルギーがあり、“食”って大切なんだと感じました。」
 その記憶から農薬化学肥料不使用の米づくりに取り組むようになった美恵さん。知りたいことがあれば県内外問わず教えを請いに出かけるなどして、3-4年かけて試行錯誤の末に納得のいく収量を得られるようになった。オンラインで直販すると好評で、多くの契約栽培に繋がったと言う。

美の里ファームの直販サイト
美の里ファームの直販サイト

社会起業家という新たな夢

 米農家としてのキャリアを積むなか、美恵さんは「社会起業」というキーワードに出会う。「これだ!とピンときました」と当時を振り返る。スポーツ選手や看護師の夢を諦めざるを得ず、挫折を味わうたびに周りの人たちに助けられた美恵さんは、社会への恩返しをしたいと考えたのだ。
 そうして生まれたのが、社会的弱者とされる人達を農業分野で活躍できる人材に育成し、就労支援するという「農武士塾」の構想だ。「農武士」とは、美恵さんが師と仰ぐ先輩農家たちがまるで武士のようでかっこいいと感じたことから名づけられた。手始めに、耕作放棄地を借り受けて農業体験やPR活動を行った。
 そんななか、美恵さんは滋賀県大津市の農家から結婚を申し込まれ、意を決して実家の田んぼは人に任せることに。滋賀に移住し結婚、一児をもうけてからも社会起業家という夢は諦めず、土日を利用して学ぶことができるアグリイノベーション大学校 総合コースで有機野菜の栽培と経営を一から学びなおした。
 その頃、絵心のある美恵さんは、大きな構想をひとつのマンダラチャートに描き起こす。そこには、農が人と社会と変え環境を守る、ヒトづくり・コトづくり・モノづくりの全てが詰まっていた。

美恵さんが描いたマンダラチャート
美恵さんが描いたマンダラチャート

三度目の挫折…離婚は私を強くしてくれた

 しかし、結婚生活は長く続かず離婚することに。シングルマザーになったことについて、
「子どもがいるから頑張れます。離婚は私を強くしてくれました。子どもの義務教育が終われば、まとまった学費が必要になるので、よりスピーディーかつ確実に事業化を図る必要があるのです。そのため、現在はパラレルワーカーとして複数の職場で農福連携や人材派遣などの経験を積んでいます。子育てしながらのパラレルワークは時にしんどいと感じることもありますが、自治体のあらゆる支援制度を活用して乗り切っています。例えば月一回だけ利用している里親制度では、とても良い里親さんと巡り会えました。双方の子どもが仲良しで、会えるのを毎回とても楽しみにしているのです。ほかにも、息子を自分の孫のように気にかけてくれるおじいちゃんもいくれて、周りの方々に本当に助けられています。『しが農業女子100人プロジェクト』にも、米農家、起業家、離婚経験のある人、母親業もこなしながら農業する人、いろんな立場の人がいるので共感してもらえる仲間がいることが有難いです」。

美恵さんが農業アドバイザーを務める「ふじ愛菜農園」の無人販売コーナー。ご近所にも評判という。
美恵さんが農業アドバイザーを務める「ふじ愛菜農園」の無人販売コーナー。ご近所にも評判という。

「お互いさんプロジェクト」まもなくスタート

 美恵さんが働く職場のひとつ、人材派遣を手掛ける株式会社スタンディング・オンでは、「お互いさんプロジェクト」をすすめている。美恵さんはそのプロジェクトリーダーも務める。一体どのようなプロジェクトなのか。

株式会社スタンディング・オン代表 佐藤さん:
「これからますます少子高齢化が進むと、農家は人手不足のなかで売れるかどうかわからないものを作りづらくなるでしょう。人を雇うにも通年雇用するのは難しい。そこで、私たちが事前に収穫物を買い上げれば農家さんは売上を見込めるし、農繁期だけでもそこへ人材を派遣することができれば私たちにもメリットがあるので、“お互いさん”だと考えたのです。収穫物を販売して得た利益で、安くはない派遣社員の賃金を補填することもできるでしょう。とはいえ、まだまだ農家さんの中には人材派遣に対する拒否反応もあるので、社会貢献としてじわじわ浸透すれば良いと考えています。私たちは人材育成にも力を入れているので、農業指導もできる三田村さんの存在は大きいです」。

美恵さん:
「佐藤さんは私の夢を理解してくれていて、うちで実績を積めば良いと言ってくれます。こうした理解者がいてくれるのは本当にありがたいです」。

 いずれ農業分野で就労支援をしたい美恵さんの思いと、農業分野に人材派遣の裾野を広げたい佐藤さんの思いが一致したプロジェクト。これからが楽しみだ。

美恵さんと㈱スタンディング・オン代表の佐藤さん。
美恵さんと㈱スタンディング・オン代表の佐藤さん。「お互いさんプロジェクト」システム担当の高木さんと畑でオンラインミーティング。