軟弱野菜で女性が活躍できる農業目指す。合理化と環境整備で従業員60名に

株式会社横江ファーム 横江秀美さん

草津市

株式会社横江ファーム

横江 秀美さん

株式会社横江ファーム代表取締役社長。マーケットインの経営方針のもと主に葉物を中心とした高品質野菜を計画栽培・計画出荷する。従業員約60名。国際認証グローバルGAP、WAP100などの取得を通して職場環境の改善や従業員の意識改革にも取り組む。

[農地面積]9ha

[栽培品目]こまつ菜、ほうれん草、白彩菜、水菜、人参、メロンなど

[営農開始]1996年

[主な販路]生協、スーパー

こまつ菜、ほうれん草など葉物野菜で年商2.8億円以上

 滋賀県南部の琵琶湖に面する草津市北山田。旧草津川の河口にあたるこの地域は、戦前よりその砂質土壌を生かした蔬菜生産が盛んで、県下や京都むけの野菜産地として大きな役割を担ってきた。昭和34年の畑地灌漑事業によって施設園芸化が進められ、現在約2000棟におよぶ農業用ハウスが建ち並ぶ。
 その北山田で約120棟のハウスと4haの畑地を管理するのが、横江秀美さんが代表を務める株式会社横江ファームだ。2011年に法人化して13期目になる。
 「先代は京漬物用の大根などを作付けしていましたが、これが結構な重労働で。これからは女性も活躍できるようにと、法人化にあわせて葉物野菜に転向しました」。
 早朝に収穫された野菜は、女性従業員によって手際よく包装され、主に生協や東海地方の大手スーパーに出荷される。その売上は年間2.8億円以上にのぼる。
 「お客様からは野菜の持ちが良いとおっしゃっていただいています。売れる野菜を作るというマーケットインの経営方針のもと、高品質の野菜を安定的にお届けするため、計画栽培・計画出荷に取り組み膨大なデータを蓄積していますが、気候の影響を受けるので計画の実行には相当な苦労が伴います」と秀美さん。取材した3月初旬のこの日も「急に暖かくなってきているので、野菜が育ち過ぎないかと毎日ヒヤヒヤしています」と農業の難しさを語った。

株式会社横江ファーム 調製作業の様子
社屋の1階にある調製作業室では、約20名の女性が朝から夕方まで出荷の調製作業を手際よく進める。

WAP100認定、国際認証グローバルGAP取得で企業価値を高める

 急成長を遂げている横江ファームだが、特筆すべきは2016年のWAP100(ワップ100)認定と、2018年の国際認証グローバルGAP取得だろう。
 WAP100とは、「農業の未来をつくる女性活躍経営体100選」のことで、女性活躍に向けて先進的な取り組みを実践しており後続のモデルとなる農業経営体が選ばれる。横江ファームは、男女別のロッカールームや、男女兼用だが鍵のかかるシャワー室の設置、女性正社員のキャリア形成、育児・介護休業規程を定めて産前産後休業も整備するなど、女性にとって長く働きやすい環境づくりが評価された。
 また、グローバルGAPとは、主に 1.食品安全 2.環境保全 3.労働安全 4.人権保護 5.農場経営管理 この5つのポイントを見える化し、農場の特徴を生かした良い農業を実践するための国際基準で、日本では一般社団法人GAP普及推進機構が審査機関を務める。
 横江ファームは、外資系スーパーとの契約を機にグローバルGAPを取得した。当時、取得は契約の必須条件というわけではなく、ひとたび取得すれば毎年審査を受ける必要があるため大変なことは予想できたが、安心安全の裏付けのために決意した。すると、そのことが思わぬ効果をもたらした。
 「従業員の管理意識が変わったんです。グローバルGAPは200個以上のチェック項目があり、毎月行う商品・資材の棚卸をはじめ、整理整頓、休憩時間もきっちり管理されます。そのため人によっては自由がないと感じるかも知れませんが、その成果は東京オリンピック2020の選手村で弊社の白彩菜(はくさいな)が採用されたり、働きやすさとなって従業員のモチベーションにつながっています」。

トラクターで馬糞と野菜くずを混ぜる様子
調製作業で出た野菜の残渣は粉砕した後、馬糞と混ぜて堆肥にして畑に還元する。

6次産業化や独立支援にも力を入れる

 6次産業化にも取り組んでいる。万能ソースとして使える「かける小松菜」は県内のホテルや道の駅などで販売している。利用者からは「子どもが野菜を食べられるようになった」などの声も届くという。
 「父からの教えに、売上の1/3を運転資金、1/3をチャレンジ資金、1/3を貯蓄にまわすというのがあります。運転資金のほとんどは人件費で、このところの物価上昇で資材費もかさみ厳しさは増していますが、いろんなチャレンジはしていきたいです。自社の野菜の流通が地元で少ないので、地元の方にもっと食べてもらいたいという思いもあります」。
 農家の独立支援にも力を入れている。
 「過去10年間で2名が独立を前提に入社し、実際に独立しました。社員にはできるだけ定着してほしい気持ちもありますが、独立志向のある人は仕事を必死で覚えようとするので、現場に良い刺激を与えてくれます。今後、地域の高齢化が進んでいけば管理農地が増えることは間違いないですし、農地を荒れさせることだけは避けたいので、ともに業界を発展させてくれるならOKです」。

万能ソースとして使える「かける小松菜」
サラダはもちろん、肉料理や魚料理にもよく合う万能ソース「かける小松菜」。

想定外の社長就任。困難を乗り越えみえてきた、もうひとつの夢

 今でこそ社長として会社を牽引する秀美さんだが、社長になることは想定外だったという。
 「会社を継ぐ予定だった夫が病気のため急逝したんです。夫が養子となり就農して10年目、法人化に向けて動き始めた頃でした。地域の後輩農家からも慕われ人望も厚かったです。一方、私は経理として経営に関わっていましたが、まさか自分が社長になるとは思ってもみませんでした。だから当時のことを思い出すと今でも泣けてしまうくらい本当につらく大変でした。ここまでこれたのは、父(会長)、妹(専務)、長年勤めてくれている社員や従業員のみなさんのおかげです」。
 うっすら涙を浮かべ、謙虚な姿勢を崩さず、それでも会社が進むべき方向を指し示すのは自分であると言い聞かせるように、もう一つの夢を教えてくれた。
 「わが社の農業女子チームを作りたいんです。収穫後の調製作業ではなく、現場で働きたいという女性がこれまで何人かいましたが、重い機材を扱う現場ではどうしても男性との力比べになってしまい、結果的に辞めていってしまうことがありました。せっかく来てくれたのに、力を発揮させてあげることができず申し訳なく思っていました。そんなときにしが農業女子100人プロジェクトのメンバーに出会い、うちにも農業女子チームを作ればいいんだ!と思いました。それを実現させるためにできることを、今は考えているところです」。横江ファームの快進撃はまだまだ続きそうだ。

野菜の様子を注意深く観察する秀美さん
「ほんまはもっと畑を見に来なあかんのやけど」と社長業の合間をぬって野菜の様子を注意深く観察する秀美さん。