歌手でも保育士でもなく、農家になることを選んだ
「夢は歌手か保育士になることだったんです」。そう明るくはつらつと話すのは、東近江市大沢町でいちご農園「金ちゃんハウス」を営む福田那夢さん。農家となり2シーズン目を迎える若手農家(2020年4月時点)だ。いちご狩りも楽しめる2棟のハウスでは、滋賀県が開発した「少量土壌培地耕」によるいちご高設栽培で「章姫(あきひめ)」と「紅ほっぺ」を栽培する。
福田さんは、高校卒業後に歌手を目指して音楽専門学校へ進むも、厳しい現実を目の当たりにして断念。もう一つの夢だった保育士を目指して保育助手として働いていたときに、高齢になった祖父母が長年手掛けてきたいちご農園を手放すことになった。いまの自分にできること、いまの自分にしかできないことは何か。自分に問いかけ、いちご農家になることを決意した。祖母から「農家は大変やで」と聞かされていたが、農家に生まれ、幼いころからいちご狩りの番や農作業の手伝いをしてきた。いちご以外にも、米や野菜などを作る両親の姿を見てきたため、自分が農家となる姿は、歌手よりも保育士よりも容易に想像できた。
大規模いちご農家でノウハウを学ぶ
実際に就農する前には、まず何から始めれば良いかを地域の普及指導員と相談した。技術を習得するため農業大学校へ進むことも考えたが、農家の後継者となる福田さんの場合、新規就農者が対象となる「農業次世代人材投資資金」のような制度的メリットを受けられない。そこで、普及指導員から大規模いちご農家を紹介してもらい、アルバイトも兼ねて修業させてもらうこととなった。「ほかの農家さんのやり方を見ることは、育苗のしかたや作業効率のあげ方などがとても勉強になります。家のやり方だけでは、どうしても自己流になってしまうので」という。
実際に農業を始めてみると、祖母が言っていた大変さを痛感した。栽培管理を少しでもおろそかにするとすぐに影響が出る。特に育苗期間にあたる夏場のハウス内は40℃近い。苗は一瞬で枯れ、翌年の生産にまで悪影響を及ぼしかねない。気を抜けない日々が続くという。
販路開拓に導入した大手ウェブサービス。いちご狩りを提供する理由とは
販路開拓も大きな課題だ。主な販売先は近隣の直売所だが、農家の高齢化で品揃えが薄くなってきており客足も遠のきつつある。SNSなどで情報発信をするにも、今は体力的にも時間的にも厳しい。
新たな挑戦として、いちご狩りの集客のために、今年から<じゃらん>のサービスを導入した。その結果、京都、兵庫、岐阜、三重、奈良など、県外からの利用客が増えた。しかし、「最高においしいいちごを食べてほしいから」という理由で、利用客の受け入れは午前中のみとしている。午後はハウス内の気温の上昇とともに、いちごが柔らかくなりつぶれやすくなる。そのようないちごを提供して、それが農園の評価につながるようなことは避けなければならない。無計画に利用客を受け入れては自分の首を絞めかねないのだ。
「いちごはとても繊細な果物。いちご狩りは一般の方が利用されるので、いちごの苗が傷むことがあるんです。苗が傷むと収量は下がります。売上を最優先に考えるなら、いちご狩りはしないほうがいい。でも、私は人と接するのが好きなので、いちご狩りをしています。お客様から「おいしかった。また来るね!」とおっしゃっていただいたり、実際にリピーターとなってくださったりすると本当に嬉しいですし、自信にもつながります」。
歌や子どもとの関わりもあきらめない
その一方で、歌への情熱も忘れない。「ハウスにいるときは作業しながら歌っています(笑)。これからも歌に関わっていきたい思いはありますが、いちごと歌をどのように結びつけることができるのか。良いアイデアがあれば教えてください!」。
いちご農家が多く激戦区といわれる東近江市で、福田さんの挑戦は始まったばかり。それでも数少ない若手女性農家として、同世代への情報発信や女性目線での販売など、自分にしかできないことがあると考えている。特に、いちご狩りでは保育助手の経験もいかして、小さなお子様連れのお客様にも安心して来園してもらいたいという。来年には次のステップに向けてハウスをもう1棟増やす予定だ。40歳までにカフェを開きたいという夢もある。福田さんの夢への挑戦は続く。