「肥料がないと育たない」という先入観
9月上旬の昼下がり、日野川の支流佐久良川を挟むように位置する東近江市綺田(かばた)町は、その名にふさわしい綺麗な田んぼが見渡す限り広がっている。収穫を間近に控えた田んぼには不思議なくらい人の気配がなく、小鳥のさえずりだけが心地よく響き渡る。
「ここは、いつもこんな感じですよ」
そう言いながら軽トラを颯爽と乗りこなし、田んぼを巡回するのは池内農園の池内桃子さん。2010年に親元就農し、農薬も肥料も一切使わない秀明自然農法で、母の佐知代さんとともに5haの田んぼに滋賀旭・日本晴・滋賀羽二重糯の3品種を育てている。
どの田んぼにも稲がたわわに実り、収穫を待ち構えている。圃場見学に来た人は皆、「これが本当に自然農法なの?肥料は何を?」と驚くという。
「私たちは土の力で育てているので、有機質肥料も含めて肥料を一切入れていません。母の代から自家採種している種籾は、水と養分を求めて地中深く根を張り、おいしいお米をたくさん実らせてくれます」。
フードコーディネーターとしての一面も
米農家として日々忙しい桃子さんだが、実はフードコーディネーターとしても活躍している。かつて海外でのボランティアに憧れ、アメリカとカナダで英語を学びながら老人ホームなどで活動をしていたときに、料理がおいしいと褒められたのがきっかけだという。
「私は幼い頃に父を亡くしているので、母が女手一つで子育てしながら自然農法に取り組む姿を見て、自分にはとてもできないと感じていたんです。それで料理を通じて素材の魅力を伝えられればと思ったのですが、ある時、世界の若者が集まる環境分野のシンポジウムに参加することになって。同世代の参加者は環境のために良いことを実践している人ばかりなのに、私は何もやってないなって。それで農家になることを決心しました。母から事あるごとに『やってからものを言え』と言われていたことも大きかったですね。今も農業の傍らでレシピを考案する仕事などを続けています。両立するのは大変ですが、生産者の立場で食と農の大切さを発信できるようになり良かったと思います」。
母娘で二人三脚。身の丈にあった事業規模で無理なく続ける
桃子さんが師と仰ぐのは母の佐知代さん。約30年前から秀明自然農法に取り組んでいる。
「母は草刈りでも何でもとにかく徹底しているし、作業のスピードも速いので、農家になって10年経った今でもかなわないです。親子なので時には喧嘩もしますが、自然農法の米づくりを知れば知るほど母を尊敬せずにはいられません」。
また、池内農園は無借金経営を貫いている。
「私たちは女だけで農業をしているので、農業機械を買うにしても無理な投資はせず、お金を貯めてからと決めています。苗も、冬の間に自分の田んぼから掘り起こした土で苗箱1700枚分を用意するなど、おそらく皆さんの想像を絶する大変さですが、全て自分たちで調達するから利益も生まれるし、私たちのこだわりもお米にしっかり反映されていると思います」。
美しい田んぼを次世代に繋ぎたい
桃子さんは稲に紛れて生えるヒエを2-3本見つけると、すかさず引き抜いた。
「これも母からの影響ですね。雑草を抜いた後は、たとえ2-3本でも必ず山まで捨てに行きます。そのまま畝に放置すると、種がこぼれて何年も雑草に苦しむことになるので」。
こうして除草剤に頼らず手作業で管理された田んぼは、どの田んぼよりも美しかった。
「自然に任せてただ放置するのが自然農法というわけではありません。私たちは、生産者として皆さんの健康を預かる立場ですし、農業を通して美しい自然を次世代に繋ぎたいと思っているので、そのための手間は惜しみません。けれど、お隣の田んぼは74歳のおじいさんがされていて、そのお隣は85歳、そのまたお隣は77歳といった具合なので、これから日本の農業はどうなるんだろうと思うと心配です。私たちにできることは限られていますし、自然農法と言ってもやり方は様々なので、少しでも興味がある若い人に一歩踏み出す勇気をもってもらいたいですね」。
2021年シーズンからは妹の陽子さんも米づくりに参加している。池内農園の女性たちのように一人ひとりが輝くことができる農業、そして美しい自然を次世代に繋ぐことができるのは、私たち一人ひとりの選択に委ねられている。