“恩送り”で笑顔をつなぐ、多目的農園カフェ「Lian」オープン。

ヨコタ農園 横田尚美さん

長浜市

ヨコタ農園

横田 尚美

⻑浜市の兼業米農家に生まれる。2000 年「ヨコタ農園」設立。「顔が見える農家」を目指しイベント多数開催。いちご観光農園、食品加工も手掛ける。2021 年多目的農園カフェ「Lian(リアン)」グランドオープン。

[農地面積]23ha

[栽培品目]米、麦、大豆、ブロッコリー、キャベツ、いちご、そのほか季節野菜

[営農開始]1989 年

[主な販路]契約栽培・個人

地域の担い手農家として、農地を大切に守り抜く

 2021 年 12 月、滋賀県⻑浜市高月町馬上(まけ)という⻑閑な田園地帯に「Farm cafe Lian(リアン)」という多目的農園カフェがグランドオープンした。フランス語の Lien を語源とする店名には「絆」の意味が込められている。
 カフェを切り盛りするのは、ヨコタ農園の横田尚美さん。横田家の⻑女として生まれた尚美さんは、医療事務の仕事をする傍ら、会社員の夫の圭弘(よしひろ)さんと共に 1ha ほどの水田を耕す兼業農家だった。
 1993 年のある日、圭弘さんは隣家のおじいさんから「後継者がおらず体力も限界。農業を辞めるからうちの田んぼもしてくれんか」と打ち明けられた。圭弘さんは「先祖代々守り継がれた農地を荒らすわけにはいかない。お年寄りを笑顔にしたい」という思いで、地域農業の担い手としての一歩を尚美さんと共に踏み出した。
 それから約 30 年を経た現在、高齢化がますます進んだ馬上では、ヨコタ農園を含む若手農家 3 軒が約120 軒分の農地を分担して管理しており、そのうちヨコタ農園では約 23ha で米・⻨・大豆・キャベツ・ブロッコリーなどを栽培している。

ヨコタ農園のブロッコリー畑
ヨコタ農園のブロッコリー畑。「フェイス to フェイスで笑顔を繋ぐ農園にしたい」と不定期開催するブロッコリー狩りは好評でリピーターが多い。

複合経営へ。いちご全滅の危機を乗り越えて

 農地が拡大するにつれて多忙を極めた横田夫妻だったが、ある年、米価の下落を懸念して複合経営を目指し、いちごのハウス栽培に着手した。しかし、いちごの生育がピークを迎える2月になると収穫が追いつかず、友達に「好きなだけ取っていって」と摘み取りに来てもらう日もあった。そんななか、2 年連続でうどん粉病と炭疽病が発生し、遂にいちごが全滅してしまった。
 いちごは葉が生い茂ると通気性が悪くなるので病気が発生しやすい。特に、高設少量培地では一旦病気が発生すると、たちまちハウス全体に蔓延する。そのため、葉かきはいちごを栽培するうえで欠かせないが、当時は葉かきの必要性を知らなかったのだ。近くに住む先輩農家からの指導でようやく知ることができた。
「これではあかん」。そう感じた尚美さんは、⻑年続けた医療事務の仕事を辞めて農業に専念することを決意した。農業普及所に指導を仰ぐようになり、それから収穫は安定している。
 現在、収穫物はいちご狩りと贈答での利用がメインとなる。2021 年シーズンはコロナ禍でいちご狩りの団体利用がなく、1 棟 1 グループまでの入場制限を行ったものの、約 1500 人の利用客が訪れた。
「お客様をハウスに案内するほんの僅かな時間でも、「今日はどちらから︖」と会話するだけで気持ちがほぐれます。面と向かって「おいしかったわー」と言ってもらえれば、なおのこと嬉しいです」とにこやかに語る。

ヨコタ農園のハウスいちご
いちごの品種は、章姫、紅ほっぺ、よつぼし。味を左右する水管理は何年たっても難しい。

台風でハウスが全壊。救われた「恩送り」という言葉

 ヨコタ農園を語るうえで欠かせない出来事がもう一つある。それは、2018 年にさかのぼる。台風 21 号が関⻄に上陸し猛威を振るい、ヨコタ農園でもわずか 2 週間前に建ったばかりのハウスを含む 9 棟が全半壊するなどの被害を受けたのだ。
「終わった。いちごはもうできない、と思いました。でも、台風の翌日から毎日誰かが片付けの手伝いに来てくれて。そんな中でも、夫はまだ会社員だったので、後ろ髪をひかれる思いをしながら出勤せざるを得ませんでした。そうした方に恩返ししたい気持ちはあるけれど、どうすれば良いかわからずにいたとき、ある人から『これは恩送りやで』と言われて。恩送りとは、受けた恩をその人に返すのではなく、別の困っている人を助けることをいうのですが、その言葉を聞いてすごく気持ちがラクになりました」。

2018 年の台風 21 号で倒壊したビニールハウス
2018 年の台風 21 号で倒壊したビニールハウス。

2021 年 12 月 多目的農園カフェLianグランドオープン

「恩送りしたい。人が集える店をしたい。」という思いがあった横田夫妻。圭弘さんもいよいよ会社を早期退職して、ライブやワークショップが出来る多目的農園カフェを開くことにした。
 店舗は、大工だった尚美さんの父が建てた木造の農舎を改装した。梁は当時のものをそのまま利用している。資金の一部はクラウドファンディングで目標金額の約 170%を達成し、2021 年 12 月にグランドオープンを迎えることができた。
 カフェで提供されるメニューは、ヨコタ農園で採れたものを使用している。例えば、もちもちとした食感や香りの良さがクセになると評判の全粒粉生パスタは、パンや麺に適している小⻨「ミナミノカオリ」だ。パン作りが趣味という尚美さんのために圭弘さんが⻑年栽培していたが、少量を製粉してもらうことは難しく、今回ようやく東近江市の「丸宮穀粉」さんとご縁ができたことで全粒粉にすることができた。麺は⻑浜市のラーメン店「號tetu(コテツ)」さんが何度も配合を検討し製麺してくれている。また、大豆を納品している豆腐店「大橋豆腐店」さんの、おからを使ったおからハンバーグも提供している。いずれも人と人との繋がりがあってこそ提供できるメニューだ。冬にはヨコタ農園のいちごをたっぷり使ったデザートも味わえる。
 音楽ライブ、個展、セミナー、ワークショップも次々と開いている。
「食事はもちろんですが、ここで『好き』を見つけて、体験できて楽しかった、また来たいと思ってもらえるようなお店にしたいです」。
 これから農業にチャレンジする人に向けて、尚美さんは語る。
「私たちの経験から言えることは、単年の失敗は恐れないでほしいということですね。わからないことがあるときは農業普及所や先輩農家を頼りにしていいと思います。そのためには、これはお客様との関係にも言えることですが、人との繋がりは大切にしたほうが良いと思います。なにより農業が好きになることが一番ですね」。

Farm cafe Lian のおしゃれな内観。
Farm cafe Lian のおしゃれな内観。